新型SPDクリート CL-MT001 – マルチエントリーと静音化によるSPDペダルの変革

新型SPDクリート CL-MT001 – マルチエントリーと静音化によるSPDペダルの変革

新型SPDクリート CL-MT001 – マルチエントリーと静音化によるSPDペダルの変革

シマノから「約30年ぶりに大幅アップデート[1][2]」との触れ込みで、新型SPDクリート CL-MT001が発表されました。元々はトレイルライドやエンデューロ競技向けに企画された製品ですが、オフロードのテクニカルな場面だけに留まらず、熟練者から初心者まで、あらゆるSPDユーザーに恩恵のある製品です。

個人的には、通勤などのシティライドで日常的にSPDペダルを使うユーザーにとって、装着性能の向上と歩行時の静粛性向上は極めて重要なポイントです。現行の定番であるSM-SH51と比較しても優位性は明確で、現時点では欠点が見当たらず、「SPDを進化させた」製品と言えます。実際、その人気は、発表からわずか1ヶ月で店頭から姿を消してしまうほどです。

CL-MT001の特徴

CL-MT001の発表[1][2]から暫くして、自転車専門店(ワイズロード)に立ち寄ってみると、早速店頭に並んでいたので、試しに購入してみました。ただし、1週間後に、系列の別店舗に行ったみたところ、早くも品切れで、その人気の高さが伺えます。

店員さんに聞いたところ、大量に入荷したものの一気に売れ切れてしまったそうです。発注をかけてはいるものの、次回入荷は未定の状況とのことでした。ネット通販でも早くも品切れ状態ですので、興味がある方は、店頭でみかけたら、即決での購入をお勧めします。

現行品(SM-SH51/56)との比較

現在販売が継続されているSPDクリートは、SM-SH51とSM-SH56の2種類に収束しています。1990年に登場[4][5]したSM-SH50は、1995年にSM-SH51[1][6]として改良され、30年にわたり販売が継続されている、定番のシングルモードのSPDクリートです。

特性 SM-SH51 SM-SH56 CL-MT001
装着方式 単一方向 (前側のみ) (前側のみ) 多方向 (前・後・真上側)
脱着方式 単一方向 (外側のみ) 多方向 (外・上・斜め方向) 単一方向 (外側のみ)
厚み 6.3mm 6.3mm 6.0mm
フロート 約4° 約4° 約4°

今回発表されたCL-MT001の最大の特徴は、マルチ方向からのエントリーを可能にしたことです。装着のマルチモードは、今回のCL-MT001で初めて採用された機構となります。

脱着のマルチモードについては、SPD登場時からSM-SH55[4][5]として考慮されていましたが、装着については、登場からの35年間、つま先側からペダルの前側に引っ掛けてから踏み込む一方向のみの対応でした。

CL-MT001は独立した採番系列の製品ですが、シングルリリースモードのSM-SH50の系統で、装着がマルチエントリー化されたモデルとしても位置付けられます。

◎ エッジ形状の変更 - マルチエントリーによる装着性向上

CL-MT001では、クリート先端が低い角度の丸みのある形状への刷新により「従来のつま先→後ろ側という装着だけでなく、後ろ側→前側や、真上から踏み込む動作でも素早く確実な装着」を可能とした設計です[1][2][3]

同時に発表された新型XTRグレードペダルのPD-M9220[6][7]の存在からも、CL-MT001はトレイルライドやエンデューロ競技、すなわちテクニカルな地形で頻繁に足を着く状況を念頭に企画された製品であると分かります。近年の世界的なグラベル人気の高まりを象徴する製品コンセプトは、SPDを、より幅広いライダーに受け入れられるよう進化させたと言えるでしょう。

しかしながら、広報的にも「トレイルライドやエンデューロ競技だけではなく、シクロクロスや初心者ライダーにも最適[1]」と喧伝されており、エッジ形状の変更によりステップインが容易になるメリットは、あらゆるライダーが享受できるものです。

◎ 薄型化による歩行性向上

歩行性については「クリート本体を薄く、エッジをテーパー形状にすることで、歩行時に舗装路などと接触した際の引っかかりを低減[1][2]」、「シューズから突き出す金属エッジが少ないデザイン[1]」などの説明がありますが、目視では気が付かないレベルの改良です。

歩行してみてからその静音性に驚き、実測してみたのですが、薄型化はわずか0.3mm(6.3mm→6.0mm)ながらも、その効果は絶大です。歩行時の静粛性は、シティライドで日常的にSPDペダルを使うシーンでは重要なポイントです。

◎ 互換性の担保 - SM-SH52の教訓

CL-MT001は、現在販売されているSPDペダルおよびシューズと完全な互換性を持っている[1][2]とされ、現在の機材を買い替えることなく、クリートの交換だけで最新の利便性を手に入れることができるのは、大きな魅力です。

ただし、「約30年ぶりに大幅アップデート[1][2]」との触れ込みですが、過去にアップデートがなかったわけではありません。かつて、PD-M858[4]に合わせ、2000年にシングルリリースモードのSM-SH52の販売が開始されましたが、現在販売されているSPDクリートは、SM-SH51とSM-SH56に収束しています[17]

発売当初は、CL-MT001と同様に、既存のSPDペダルとの互換性あり [13][14][15]とされたSM-SH52でしたが、2年後の後継ペダルとなるPD-M959[16]でSM-SH52は早くも非推奨となります。現在、SM-SH52は「アウト性能や十分な保持力が得られない」ため現行SPDペダルでは使用禁止[17]となり、PD-M858専用として位置付けられています[18]。SM-SH52は廃盤品[24]にはなっていませんでしたが、過去にはSPD-Rクリート(SM-SH92[25][26])の自主回収事例[27][28]もあります。

PD-M858は[4]、後継モデルであるPD-M959[16]がすぐに登場した経緯から、SM-SH52 [13][14][15]を含む設計に何らかの課題があった製品だったのでしょう。SM-SH52 [13][14][15]とSM-SH92[25][26]、いずれのクリートもステップアウト性能に課題[17][27][28]があるとされましたが、今回のCL-MT001の出荷は、慎重に検証された製品であることが期待できます。

試走インプレッション - 体感できる装着性と歩行性の向上

CL-MT001の独自ラインの採番や、テクニカルな地形で競技利用の製品背景[1][2][3][6][7]の印象もありますが、試走してみて、CL-MT001は、既存のすべてのSPDペダルユーザーに恩恵のある製品であると断言できます。

装着性の向上は、熟練者には違和感なく、初心者には装着ミスを減らしうる安心感があります。さらに、薄型化による歩行性の向上は、シティライドのユーザーには静音性の大きな恩恵があり、日常使いの通勤ライダーからエンデューロまで含む幅広いライダーに適したクリートであると感じさせる製品です。

◎ 装着性 - マルチエントリーの効果は感じられるか?

クリートの嵌めやすさは、両面ペダル、片面ペダルを問わず、大きなメリットです。特に、信号待ちからの再発進が多い通勤においては、多少いい加減な角度で踏みつけてもクリートの装着が可能で、踏み続けるだけで嵌る安心感があります。

○ つま先からの正常エントリー時の効果

まず結論から言うと、通勤レベル、常に正常につま先からエントリーできている状況においては、SM-SH51クリートからの変化は、あまり体感できませんでした。通勤では装着位置が毎回安定しているためか、自然と正しくつま先側からエントリーする癖がついてしまっていたようですが、裏を返せば既存SPDの完成度が高かった証とも言えます。

基本的には、マルチエントリーの効果は、シマノの説明通り、オフロードのテクニカルな場面で恩恵が大きいのでしょう[1][2]。熟練者が、正常にクリート前方で、正常にペダルをエントリーできる状況では、装着性の向上はあまり体感できない感じです。

◎ 真上から正常エントリー時の効果

意識的に、真上から、クリート前方がSPDペダル金具に嵌っていない状態で踏み込んでみると、かなり軽い感じで、エントリーできます。感覚的には、同じ金属クリートのSPEEDPLAYのEASYテンションクリート[20]のような、ペダルに乗せるだけで嵌ってしまう、軽いながらも、しっかりとしたエントリー感です。

クリート先端のテーパー形状が、SPEEDPLAYクリートのように、ステップインのガイド的な役割も果たしているのでしょう。軽いエントリー感は、ペダルに足を添えるだけで嵌る、ペダルが吸い付いて嵌るような、現行のロード向けのタイムペダルに近い感覚もあります。

◎ つま先からの異常エントリー時の対処

既存クリートでも、つま先からのエントリーに失敗しているのは、引っかかり感覚がない感覚として、容易に察知できます。この状態では、クリートがSPD金具の真上にあったり、踵側がエントリーしているのでしょう。CL-MT001の場合には、この状態で踏み続けても、クランクが一周する間に、自然と嵌ってしまいます。

また、裏面を踏んでしまうリスクがあり、ある程度正確さが必要となる片面のSPDペダル[19]では、装着感の容易さが、より体感できます。片面ペダルでの踏み直しには、ペダルが裏返ってしまうリスクもありましたが、踏み続ければ嵌まってしまうため、まごつくことがなくなりました。

既存クリートでは、つま先からのエントリー時に、引っかかりがない感覚があったときには、嵌め直しのため、いったんペダルからシューズを離したり、ペダル上で金具を探って嵌め直していました。CL-MT001では、嵌め直しすることなく、踏み続けてのリカバリーが可能となります。

補足: 摩耗した既存クリートでのエントリー効果

ただ、既存クリートでも、利用するにつれクリートが馴染んでいくというか、硬質だったエントリーが軽くなり、真上からガチャ踏みしている感覚で、エントリーできるようになります。海外ではSM-SH51クリートを削って装着性の検証をしている事例[29]もあります。

使い古したSM-SH51クリートを観察してみると、今回のCL-MT001のような扇形でこそありませんが、先端部がテーバー状に摩耗しています。硬質な既存クリートが馴染んでいく感覚はクリートの摩耗によるもので、使い古した既存クリートにも、マルチエントリー的な効果があったようです。

○ 歩行性 - シティライドにおける静粛性の向上

歩行性向上については「クリート本体を薄く、エッジをテーパー形状にすることで、歩行時に舗装路などと接触した際の引っかかりを低減[2]」との説明があります。CL-MT001クリートは薄型で先端がテーパー形状になっており、シューズから突き出す金属エッジが少ないデザインです。

従来のクリートでは、石やタイル張りの床の上を歩いた際、新品シューズと新品クリートの組み合わせであっても、僅かながらも「シャリシャリ」としたクリートが接触する金属音がありました。

エッジのテーパー形状への変更とあわせ、0.3mmの薄型化の効果は大きく、SM-SH51クリートを装着していたシューズ(GIRO REPUBLIC R KNIT[22])を、CL-MT001に交換したところ、金属音が解消し驚いてしまいました。

ただし、残念ながら、クリートの路面との接触音が完全に解消できるかは、シューズとの相性(ソール剛性、靴底の高さや硬さなど)にも影響されてしまいます。静音性に驚き、喜び勇んで新品シューズ(fi'zi:k TERRA ATLAS)にCL-MT001を装着して通勤してみたものの、残念ながら金属音が皆無というわけにはいきませんでした。

装着面を確認する限り、靴底と比べて、クリート部分が低く落ち込んではいるものの、靴底の柔らかさの影響か、わずかにCL-MT001が路面と接触する音が残る結果となりました。ただし、従来のクリートと比較すると、テーパー形状かつ薄型にはなっているので、効果はありそうです。

通勤や日常でSPDペダルを使う場合、歩行時の静かさは非常に重要です。市街地では、道路上はともかく、ビルや店舗内でのクリート接触音は、周囲の目が気になります。シューズ特性、相性的な問題もありますが、クリートの接触音を解消(または減少)できる点は、気まずい思いをする機会が少なくなるため、お勧めです。

◎ 互換性 - 他社モデルもアップグレード?

現行の通常SPDペダルと同じ思われる、2世代前のXTR PD-M9020[21]と、現行モデルのライトアクションSPDモデルでPD-EH500の[19]で試してみましたが、保持力やステップアウト性能についても、通常クリートのSM-SH51と遜色は感じられませんでした。

過去に販売されたSM-SH52[17]とSM-SH92[27][28]は、いずれもステップアウト性能に課題がありました。CL-MT001の先端のテーパー上面および踵(かかと)部分は、SM-SH51と同じ形状が維持されていますし、テーパー形状への変更および薄型化も、十分に検証されての、互換性アナウンスでしょう。

また、他社製品になりますが、LOOKのX-TRACK EN-RAGE[23]については、問題なく利用できる感じです。シマノの保証外で自己責任になりますが、クリートを交換するだけで、既存のSPD互換ペダルをもアップグレードできるのは、CL-MT001の大きな魅力です。

◎? 耐久性 - 薄型化されたテーパー形状とは?

通勤などのシティライドで日常的にSPDペダルを使うシーンでは、信号待ちの停車時や歩行時にアスファルト路面などと接触する機会が多く、シューズソールの摩耗と合わせて、クリートの摩耗は避けられません。CT-MT001の感触が良かったので、摩耗したSM-SH51クリートを、交換ついでに観察してみました。

CL-MT001では、「クリート本体を薄く、エッジをテーパー形状にすることで、歩行時に舗装路などと接触した際の引っかかりを低減[1][2]」との説明があり、テーパー形状により、クリート先端が薄型化されているため、耐久性が気になるところです。以下の写真は、左から順に、試走したCL-MT001、摩耗したSM-SH51、走行距離が少ないSM-SH51のクリートを並べたものです。

摩耗したSM-SH51クリートを確認すると、中央部や踵(かかと)部の摩耗は少なく、購入時に3.6mm厚であった先端部が1.6mm厚のテーパー状までに削れていました。奇しくも、CL-MT001のテーパー形状と同じ厚み(1.6mm)まで、摩耗して薄くなっていました。

この摩耗したSM-SH51の状態でも、クリートの交換目安となる脱着性[15][17]や保持力は十分維持されていました。CL-MT001のテーパー形状は、単純に摩耗したSM-SH51と比べると、より角度が急になっており、ステップインのしやすさ、つまり装着性の向上に貢献していると推察されます。

SM-SH51の摩耗状況を踏まえると、SM-SH51クリートで路面と接触し、強度的に問題がない先端部分を、あらかじめテーパー状に削ったものが、CL-MT001クリートであるとも言えます。ただし、テーパー形状先端部の薄型化(1.6mm厚)による耐久性については、もう少し経過を観察する必要があるでしょう。

最後に

新型CL-MT001は、熟練者にとっては違和感なく使える一方で、クリート装着ミスを減らしうる安心感がプラスされた点で「SPDを進化させた」製品として、最大限に評価できます。また、大きくは喧伝はされていませんが、歩行時の静音性向上は通勤などのシティライドで重要なポイントです。シングルクリートの定番であったSM-SH51と比較しての優位性は明確で、欠点らしい欠点が見当たりません。

通常のエントリーでは、その効果はあまり体感できませんが、裏を返せば既存SPDの完成度が高かった証とも言えます。あえて欠点を挙げるとすれば、エッジ形状変更による耐久性の懸念と、現状では品薄で入手しにくいことくらいでしょうか。

価格も従来モデルと同程度(2千円台前半)に据え置かれており、互換性についても現行販売されているSPDペダルで利用できるため、導入のハードルは低い製品です。すでにクリートの交換時期を迎えたSPDユーザーや、これからビンディングに挑戦する方は、この新しいCL-MT001をお勧めします。